スェーデン思い出の旅 Alta→ Narvik→ Mo i Rana

19xx年7月27日(土)    Alta→ Narvik→ Mo i Rana



数日前、Honningsvåg に辿り着いた後、フェリーに乗って、また Repvåg に戻った。
Repvåg からもまた歩かなければならなかった。

一応、念願のNord Kappに到達出来たので、今度はノルウェー海岸線に沿って南下するかのような道路を辿りながらスカンディナビア半島の旅を開始した。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

合図しても車は一向に止まらず、やけっぱち、自分に命令していた。
一層のこと、歩いてしまえ! 歩いて行ってしまえ! 歩いて行ってしまええ! 
とは言うものの、止まって貰えることを完全に諦めてしまった訳ではなかった。

手を上げても止まらなければ歩いて行くしかないだろう。
そういうヒッチハイカーの論理であった。

車が来る度に何度も合図を送ったが徒労に終わってしまう。
歩き続けているうちに、後ろから車が走って来るのが分かっても、いちいち振り向いて手を上げるのがもう面倒臭くなってしまった。
どうせ、また止まって呉れないだろう。そんな諦めムードに陥ってしまい、ヒッチハイクを試みることさえも諦めてしまった。

歩け、歩け。歩いて行ってしまえ!



 ■4時間歩いた後、やっと一台

手を上げたら止まった。やっと。出発してから4時間歩き続けたことになる。 ドイツ人だった。飛行機でノルウェーまでやって来て、このレンタカーを利用してノルウェーをドライブ、Nord Kappへと向ったのだそうだ。あの建物の雑踏の中にこの人も一緒に居たかも知れない。

この人、Honningsvåg に到着してからは Nord Kappまでの全道程を自分の足で歩いたのだそうだ。歩きながら、一歩一歩とNord Kappへと近づいて行く実感を高めて行ったのだろう。Nord Kappまでの行程を自分なりに演出したというわけだ。

ドイツ人だと分かって、「少しならばドイツ語を話しますよ」と伝えたら、君のために良いだろう、ドイツ語会話の練習にもなるだろう、ということだったのだろうか、ドイツ語で話そうとドイツ人は一方的に決めてしまった。英語が得意でなかったのかも知れない。

「Ich bin VIER STUNDE LANG zu Fuss gegangen. ぼくは4時間も歩いた!」

 4時間も、と強調しながら言ってみた。

「えっ、4時間も歩いたの? すごいねえ!」

そんな反応が返ってくるものと期待したのだが、相手のドイツ人は別に驚いた様子も見せない。自分のドイツ語が拙かったのかな、通じなかったのかな、と思ったが、そうでもないようだ。

この車に乗せてもらえる前までは、長時間歩いたということ、つまり車を捕まえることが如何に困難であったかを実感的に伝えたかったのだが、ご本人とても ぼく以上に長時間Nord Kappまで歩いたに違いない。別に驚くような事実を告げられているとは感じなかったのかも知れない。

とにかく、聞き流されてしまったので内心ちょっと不満であったが、要するに伝える相手を間違えてしまったようだ。ヒッチハイカーの気持はヒッチハイカーをやってみないと分からないだろう。

沿道に沿った川の流れが途中で切れ地下に潜ってしまっている、という面白い事実を彼は発見して、それをぼくにも教えてくれる。目を凝らして良く見ると、確かに、本当だ。不思議だ。川水が消えてしまっている!

見覚えのある場所に戻って来ていた。例のトンネルだ。中は真っ暗。照明器具無しに一人で中に入って歩き続けることは到底無理だし、危険だということで偶々運良くタクシーに拾われて通過して行ったが、例のトンネルの中を今回も車に乗ったまま難なく通過して行った。

このドイツ人の話しに耳を傾けていると、所々意味が分からないことがあったり、文脈が掴めなくなってしまったりしたが、そんな時の常、そのまま分かった振りの演技をしていた。話の腰を折ることなく適当に相槌を打ったり、頷いたり。ちぐはぐなやり取りにならないようにと質問と返答には気を配った。



 ■ノルウェー人に初めて拾われる

長い坂道になるとは知らなかった。案の定、車は通過して行くだけ。おまけに途中、雨が降り出す。傘を差しながら沿道を歩き、雨が止むのを待つしかなかった。ヒッチは殆ど無理。雨が止むのと車が止まるのを消極的に待つだけであった。

雨上がりの中、まさか、と思っていたが止まった! 日本車、目の覚めるような真っ赤なMazda車。ノルウェーの若者たち、男女二人ずつ。男たちは前の席、女たちは後、 ぼくは彼女たちの横、ドアを肩にしながら小さく縮こまるように腰掛ける。

運転手君はセーラー、船乗りをやっているとのこと。「日本の横須賀には女友達がいるんだ」とその彼女が写っている写真を一枚財布から取り出して自慢そうに見せてくれる。どうもバーのホステスさんらしい。

彼等達は勝手に喋り合っている。ノルウェー語だ。全然分からない。ぼくも運転手君とは時々英語で言葉を交わすが、それ以外は窓外の、ノルウェーの景色を眺めたり、彼等達は一体何を喋っているのだろうかと想像したりしながら、目的地Altaに向かいつつあった。直ぐ隣に腰掛けていた彼女達の一人がたばこを二度、三度とくれる。



 ■日本人運転の車に拾われる

 長い距離を歩かなければならなかった。が、幸運は思いがけなくやって来た。イギリスに住むという日本人ドライバーに同乗出来た。2日間のお付き合い。

 この人は外交官だそうだ。学生時代、ぼくも外交官に憧れ、外交官を目指して一生懸命勉強に励んだ。二三度試験に挑戦、結局は合格出来なかった。この人は試験に受かったのだろう。だからこうして英国での日本大使館か領事館かで仕事をしているのだろう。休暇中とのことでスカンディナビア半島をドライブ中であった。

 ノルウェーのNarvik、真夜中のドライブ。そしてMoまで。



 ■YHに泊まる

 MoのYHは高台にあって街の眺めが一望に見渡せる。割と眺めが良い。宛がわれたこの部屋全部を自分一人で静かにゆったりと使用出来ると喜んでいたが、午後6時過ぎ、大人たちの団体がどっとやって来てしまった。がっかり。うんざり。

つづく

tack と tak

スウェーデン語が独学、独習している。

スウェーデン語単語に似たような単語を見つけるようになった。




tack と tak  


見た目では似ているようで似ていない。
発音は同じように聞こえる、と最初は思った、思い込んでいた。
でも、発音は違う、ということが分かった。




スウェーデン語の音に慣れていなかったから、混同していたのだろう。

何度も発音を聞いている内に、実は同じ発音にはなっていない、
同じ発音だと思いこんでいたのはわたしの勝手な日本語的な意識でしかなかった。

同じように聞こえると思い込んでしまう。

まあ、英語には r と l という日本人の耳には同じように聞こえてしまう
と思い込んでしまうのと同じ道理だろうか。



mata と matta


dag  と dagg


vid  と  vidd


väg と vägg



スウェーデン作家ヘニング・マンケル、亡くなる


ヘニング・マンケル:多分ガンでこの世を去るだろう


henningmankell.jpg


 ストックホルム発ー スウェーデンのベストセラー作家である
 ヘニング・マンケル(67)は日常生活ではガンに罹っている
 ことを殆ど感じない。「痛みはない、時々自分は如何ほどに病気
 なのかと自分に思い出させることさえもしなければならない。」
 とドイツSternシュテルン誌に語った。
 そうであるにも拘わらず、本人の言によると、ガンを克服する
 とは思っていない。「多分ガンで死ぬだろう。何時になるか? 
 それは誰も知らない」。

 2015年10月5日、ヘニング・マンケル死亡

Henning Mankell: Werde wohl an Krebs sterben
http://www.nachrichten.at/nachrichten/kultur/Henning-Mankell-Werde-wohl-an-Krebs-sterben;art16,1967384
STOCKHOLM. Für den schwedischen Bestseller-Autor Henning Mankell (67) macht sich sein Krebsleiden im Alltag kaum bemerkbar.
"Ich habe keine Schmerzen, manchmal muss ich mich sogar daran erinnern, wie krank ich bin", sagte er dem Magazin "Stern". Trotzdem rechnet er nach eigenen Worten nicht damit, den Krebs zu besiegen: "Ich werde wohl an dieser Krankheit sterben. Wann? Keiner weiß es."
Der Autor der Kurt-Wallander-Krimis erinnert sich noch gut an den Tag Ende 2013, als er die Diagnose bekam. "An einer Kreuzung sah ich ein kleines Mädchen, sechs, sieben Jahre alt, sie hüpfte voller Freude in einer Schneewehe auf und ab", erzählte er über die Heimfahrt nach dem Arztbesuch. "Ich dachte, dass ich so auch oft gehüpft bin. Und dass ich jetzt nicht mehr hüpfe. Dass jetzt nur noch sie hüpft. Dass sich mein Leben gerade fundamental verändert hat, für immer."
Mankell schreibt derzeit ein Buch über einen Mann, der immer im Dunkeln arbeitet. Der Roman soll "Die Nacht" heißen. "Das Buch wird nicht nur dunkel werden, keine Sorge", sagte er. "Ich werde Kerzen anzünden."




Treibsand: Was es heisst, ein Mensch zu sein
ヘニング・マンケル、最後の著作 (ドイツ語訳)「流砂:人間であることの意味について」(ブログ管理人仮訳)

「流砂」(日本語訳タイトル、アマゾン)


死亡5ヶ月前、最後のインタビュー(スウェーデン語)
https://www.svtplay.se/video/22404554/babels-bibliotek/babels-bibliotek-sasong-1-henning-mankell?start=auto